お盆が近づき、先の大戦の英霊たちの無念の心を想起する季節となりました。今年のテレビはオリンピックのおかげで、お為ごかしの終戦特集が少なくてありがたいのですが、お盆や終戦記念日は厳粛に迎えたいと思います。というわけで8月15日までは次の章に移りにくいので、ひとやすみのページを作ります。 

 日本緊縛写真史①という本が自由国民社から出ております。秋田、濡木、不二3人の著編者の作で、学術的とすら呼べる考察と共に数多くの写真が掲載されており、分からないことは分からないと明記の上、本書での取り扱いを定義してあります。この分野第一級の重要資料と呼べる本です。
 
 その251ページ、美濃村晃氏撮影と記された作品の類似プリントがありますのでお目に掛けます。
fujika35m-1fujica35m-17 同書p.14の記述によると、これらは美濃村晃氏がフジカ35-Mで撮影されたもので、モデルは谷まりもさんとのことです。  
 フジカ35-Mというのは、左に掲げたもので、1957年に発表された固定レンズのレンジファインダー機。フジノン45㎜F2.8でシャッター速度1/400露出計無し。フィルムは右手で底面のレバーで巻き上げ、右手親指でダイヤル操作してピントを合わせるというものであったらしい。
 愚考しますに、普段はプロのカメラマンがついて6×6で撮影し、美濃村氏は緊縛・演出の合間に、個人の記録としてこのカメラで撮っていたのでしょう。この写真撮影時にプロがいたかどうかは知りませんが、同書p.246あたりの掲載分がまさにプロの作品と言えるに対して、p.251は素人っぽいのです。
 なお、34頁と6頁にも写真を追加しました。
   

緊縛写真史p25101Md50-01)
 頭の部分が切れていますが、これがp.251に掲載された写真そのものと思われます。随分汚れておりましたので丁寧に修整して、局部最小限を黒塗りし、お目に掛けます。
 撮影時期は昭和30年代中期。モデル:谷まりも。撮影者:美濃村晃。カメラ:フジカ35-M。と、これくらい素性のはっきりした緊縛写真はめずらしい。キャプションにはモデルさんの人となりまで記されております。
 印画紙の裏に「1」と鉛筆の書き込みがありますが、意味が分かりません。 

緊縛写真史p25102Mc50-02)
 同時撮影分が合計11枚見つかっておりますが、お尻のアップが多く、大同小異ですので、最初の3枚のみきちんと修整し、残りは最小限の修整でお目に掛けます。 
 書き込みは小さい字で「3」とあります。




緊縛写真史p25103Mc50-03) 
 ここまでは、きちんと修整しておきます。これも小さな字で11です。
 














50-04,5,6,7,8,9,10,11) 類似写真です。
 ちなみに50-01は手札サイズで細い白縁がありました。02は大手札を断ち切ってあります。03は手札の裁ち切りとそれぞれ異なっており、一括でプリントされたわけではなさそうです。
 裁ち切り写真の縁をどうするか、悩ましいところです。周辺にたいした情報がありませんので04から後は裁ち切りでお見せします。
 同書p.14に、「露出ミスによりプリント不可能と現像所に言われ・・」とありますように、露出不足のフラットな写真です。傍にプロが居たら当然露出計の情報をもらえるでしょうから、多分美濃村氏一人だけだったのでしょう。
 裏面に書かれた番号は、04=12,05=8,06=10,07=7,08=9,09=1,10=4,11=2 となっております。
 
緊縛写真史p25104Md
緊縛写真史p25105Md緊縛写真史p25106Md
緊縛写真史p25107Md緊縛写真史p25108Md
緊縛写真史p25109Md緊縛写真史p25110Md
緊縛写真史p25111Md